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質問15 宇宙全史にわかファン様

 

宇宙全史にわかファン
はじめまして、最近初めて宇宙全史という書籍を知り、その情報量と質に驚愕しております。
宇宙全史1の第九章にあるフリーメイソンの項目について、どうしても詳しく知りたく思っていることがあります。p531の末に、「ここですでに対等の立場でないところで契約がなされています。いわば子供対大人の契約で、はっきりもうしあげて成立しないのではないかと思います。」
とありますが、この子供対大人の境界を区別する正式な名称は存在するのでしょうか?
例えば33位階以上のフリーメーソンか否か
波動がいくつであるか
ある特定の儀式を行ったか否か
GODであるか否か
など
この子供であるか大人であるかを隔てる必要十分な因子の名前を知りたいのです。
                                                                              まず宇宙全史1第九章フリーメイソンの当該箇所を見てみます。                                            
「天啓ということ                                    
ここまで読んでいただくとフリーメイソンとの契約は「天啓」という形が非常に多いということにお気づきでしょうか(あるいは潜在意識下の取引です)。
「悪魔の取引」は大昔はほぼ人対人でしたが、近代では世界中にその影響力を持つため「天啓」という形で契約してしまった方が効率的なのだと思います。しかしされる側にとってこれはかなり深刻な問題だと思ってしまいました。
天啓の契約には問題が二つあります。ひとつは私たちには天啓がどこから来たのかその源を知るすべがないため「天啓」イコール「天の啓示」と単純に信じてしまう(無理ないことだと思うのですが)。
もうひとつは私たちの表面意識上での契約でないため自覚がない。自覚がないのに自分の命さえも差し出してしまうのかということです。ここですでに対等の立場でないところで契約がなされています。いわば子供対大人の契約で、ハッキリ申し上げて成立しないのではないかと思います。そこを主張してみました。
「これまではされるがままになっていましたが、こういう不公平な取引や承諾した覚えのない契約は無効にして頂きたい」
そう人類の代表としてJUMUに申し出ました。
しかし「それは受け付けられない」というのがJUMUの見解でした。それで銀河団にもお願いしてみましたが、却下でした。そこでどうすればこのシステムが解除になるのかお聞きしました。
JUMUと銀河団共に「数の問題」「量が足りない」ということでした。しかしUMUに確認すると「数の問題ではない」という見解でした。
JUMUと銀河団に、
「数というのは申請する人間の数でしょうか」と確認すると、
「そうだ」
それでは何人が申し出ればシステムが解除になるのかとお聞きすると、
「人類の1パーセント」
というお答えでした。やはりここでも37万人という数がポイントになってきています。
現在の私はここで立ち止まっています。この本が出てどうなるかという所でしょうか。」                                                                        
では以下の抜粋をお読みください。                                                            
「私たちは普段顕在意識で生きているように思っていますが、実際は潜在意識の支配がその大部分を占め、深層意識がその潜在意識をまた支配しています。
「神智学的にいいますと、肉体をエーテル体がコントロールし、そのエーテル体をアストラル体が、そのアストラル体をコーザル体が…と延々続いていきます。
「それらは潜在意識、深層意識という大まかな説明とかぶっているのですが、宇宙全史的には「良心」に「守護霊」や「集合魂」といった概念の方が具体性があり、ここで学んでおられる方たちには分かり易いかも知れません。
「人が変わるには、その人の努力はもちろんですが、ベースが変化しないとどうにもならないという事があります。
「さて人間のベースが変わるという事をこれらに当てはめてみますと、肉体の脳が考えていることが変わるというのではなく、その大元の「集合魂」が変わるとした方がいいのです。
集合魂が変わりますと、そこから派遣されている「守護霊」「守護神」も変わりますし、そもそも集合魂から来ています「応援」エネルギー自体に変化があり、これまでどうにもならなかった地上の状況に大きな影響を与えることが出来るようになります」(2019/2/3 No.3745シャギー様への御回答)                                                         
「カルマは私たちの深層意識、潜在意識に深く刻み付けられています。
それが表層意識まで浮かび上がってこないことには、解消する術(すべ)がないのです(レベルの高い修行者などは瞑想により、自らの深層にまで降りていくことで顕現することなく未然に解消することもあります)」(2009/9/11 No.891タイタン様への御回答)                                                                           
「そこにはその人(エゴ)とその人の集合魂の望みという複雑に絡み合った本当の「望み」があるのです。
集合魂とはある意味その人の潜在意識であり深層意識です。
その潜在意識に訴えかける祈りの力は、顕在意識には理解できないほど強力なものがあります。
ですからあなたの「自分にできる事は…祈り」は正しいのです」(2018/10/28 No.3645麦茶様への御回答)                                                                    
「潜在意識の結構深いところから来るものは、ほぼ神霊ゾーンですから、その辺りから「守護神」カテゴリーに入って来ます。
守護神とは、守護霊とは異なり、霊界での専門家といいますか…例えば音楽の神でもクラリネット専門とかドラム専門とか、結構細かく分かれています。
もちろん大きく音楽の神(ミューズ)として顕現する時もありますが、そういう時は世界的なミュージシャンや同レベルの名も無き音楽家等に降りて来ています。
つまり音楽というものを現代の人間にどう降ろしていくかという計画のようなことを練るのがミューズ神であり、個人個人の音楽活動を支援していくのが、その下の音楽の守護神レベルです。
音楽を例えに守護神を説明しましたが、これは非常にシンプルなモデルです。
実際はもっと複雑になっています。
すでにどこかで書いておきましたが、守護霊は同じ集合魂(もしくは肉の先祖)から来ていますが、守護神は集合魂のレベルを超えて活動していますから、深い潜在意識レベルの共通意識ともいえる層や、場合によっては深層意識レベルにある存在まで色々です。
いずれにせよ守護霊も守護神も自らの内にあるものですから、内観という作業が如何に大切かという事になります。
ここにも「世界は自分」というヒントが隠されています。」(2019/7/27 No.3850KG55様への御回答)                                                                
「それは「あなたは喋らないだろうが、あなたが聞いてしまうと、潜在意識のレベルで人類と共有してしまうからね」ということでした。
これは潜在意識レベルでは、人類共通の意識の海のような部分があり、そこでは「本来同一人格」という共通項があるのです。例えば強力なテレパシーはここにアクセスすることで得られる能力です 通常のテレパスはもう少し部分的なものになります。しかし、この後世界が急速に変わるのと同時に そうした禁忌とされる情報もあることからほころびが出来始め  もう少しすれば皆さんも蛇恐竜の真実を聞くことが出来るようになるかも知れません。」(宇宙全史質疑応答12追補)                                                     
「確かに私たちの肉体の多くは自律神経でまかなわれています。
その作用はご推察のように潜在意識がつかさどっていますが、今回の宇宙気流の作用を受け取る部分はもっと深いところに存在しています。
お任せしていると、その深層部分と潜在意識・表面意識の微妙なバランスが自ずとあなたの運命を変えていきます。確かに私たちの肉体の多くは自律神経でまかなわれています。
その作用はご推察のように潜在意識がつかさどっていますが、今回の宇宙気流の作用を受け取る部分はもっと深いところに存在しています。
お任せしていると、その深層部分と潜在意識・表面意識の微妙なバランスが自ずとあなたの運命を変えていきます」(2010/6/14 No.1121貴子様への御回答)                                                                                                                          
 ではご質問の「この子供対大人の境界を区別する正式な名称は存在するのでしょうか?」です。                                  正式な名称は存在するのでしょうが、今の私の知識では見つけることができませんでした。                                     これは潜在意識同士の契約になりますので、その潜在意識がフリーメイソンと我々地球に今人間として存在している大部分とでは大人と子供くらい違うということだと思います。                                     我々はほぼ全員完全覚醒していないどころか、大学にも入れない状態ですので、これは全く向こうの思惑通りにことが運ぶでしょう。                                                
 上記の御教示により、深層意識には、カルマも、望みも自己実現も、守護霊も守護神も集合魂も関わってきますが、我々のベースを変えるには、集合魂を変えることとのことです。                                                                          
 ではそれはどのようにすればいいのでしょうか。
 にわか宇宙全史ファンさん。宇宙全史1をお読みになっておられますので、お答えはお分かりだと思います。コメントに御返信ください。

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コメント: 9
  • #1

    にわか宇宙全史ファン (金曜日, 14 8月 2020 14:10)

    集合魂を変えるというのは、文字通りに意味を取ると
    例えば、人間である私の魂を動物の魂のアーキタイプのなかに加えることで、私の肉体がそのまま動物の集合意識の位置端末になるということかと存じます
    いろいろな組織ごとに独自の集合魂を持っているはずですので、のぞみの性質を持った集合魂の中に自分の魂を加える、すなわちのぞみの性質の集合魂をもつ組織に入ることが集合魂をかえる一つの方法だということだと思います

    ところで、組織に入ることが叶わない場合、
    先にお教え頂いた通りにエーテル体はアストラル体に、アストラル体はコーザル体にというように 、より深層の潜在意識によって下位の体が支配されているということは、より深層の潜在意識を適切に方向づけすることがフリーメーソンに互する、あるいは勝るために必要なのだと推定できるのですが、正しいでしょうか?

  • #2

    にわか宇宙全史ファン (金曜日, 14 8月 2020 14:11)

    おそくなりましたが、ご回答いただきまして御礼申し上げます

  • #3

    にわか宇宙全史ファン (金曜日, 14 8月 2020 14:24)

    すみません
    もう一つ伺い忘れていました

    先にお教えいただいた
    「肉体をエーテル体がコントロールし、そのエーテル体をアストラル体が、そのアストラル体をコーザル体が…と延々続いていきます。」
    についてなのですが
    最終的には自身のロゴスもしくは自身のスピリットがコーザル体や肉体を支配しているのでしょうか?それとも人類の集合意識にたどり着くのでしょうか?それとも神と呼ばれる究極存在に支配されるのでしょうか?それともまだ先があるのでしょうか?

    というのも
    潜在意識内で行われる悪魔の契約に打ち勝つために適切な整備が必要なのは果たしてどの程度の深層意識なのか知りたいからです
    神という究極存在や人類の集合意識を自力で変えるのはおおよそ現実的とは思えないため
    せいぜい自分のスピリットといった自己完結する範囲の方向付でフリーメーソンと戦えると良いのですが(願望です)

  • #4

    どっぺん (土曜日, 15 8月 2020 11:44)

    にわか宇宙全史ファン様

    御返答どうもありがとうございました。
    御返答の文章を拝読しますと、にわか宇宙全史ファンさんがお持ちである該博な知識のParadigmで宇宙全史の教義を解釈することは私のレベルを越えておりますので、参考になると思われる箇所を以下に掲載させていただき、にわか宇宙全史ファンさんご自身で必要な解釈をしていただきますようお願いします

     まず宇宙全史1で次のように述べられています。
    「魂(体)は実存があってこそ意識を持ち認識が可能になるのです。つまり実存が私たちの存在のすべての在り様に焦点を当てることにより、命を吹き込み存在を現すのです。人間という存在は人間界・魂魄界・幽界・霊界......と延々と果ては究極の実存界まで切れずにつながっている 存在でもあります。その段階のどこに気づいているかということが、今のあなたの居場所になっています。 現在は人間という存在に気づいている段階ということでしょうか 。ここでは「私」「意志」「気づき」という単語を使ってきましたが、どれも同じものの側面を指し示す言葉です。実存はそれ自体では顕現しません。その原初の顕現が「私」であり「意志」「気づき」でもあるのです。それこそが私たちを私たちたらしめている根源だといってもいいと思います。
    しかし 本当は魂といわれるものは自分の各段階における体であり、そこに命を吹き込む大元は「実存」であるということを知りました。それではその肝心の「実存」とは一体何なのでしょうか。この世界(宇宙)では疑問や謎を突き詰めていきますと、究極的には必ず「実存」に至ります」
    「私たちは実存という存在により命をもらっています。すると私たちの上に存在する魂魄体、幽体、霊体 ......等は私たちとはまったく関係がないのでしょうか。そうでもないのです。実存は私たち肉体にどうやって作用するのかと申しますと、直接作用するということではなく上から順番に「霊体」「幽体」「魂魄体」と作用しながら下がってきて「肉体」に作用するの です。
    ひとつ上位の体(魂)が私たちに「意志」を吹き込むのですが、そのときダイレクトに「実存」の生命を流し込むというのではなく、上から順番に「実存」の意志が流れてくる間にある霊体(魂)のクセや習慣、傾向性を反映していきます」
    「この元ダマが受けた実存の反映を、順に下位次元に降ろして行っているのです。 この場合元ダマは実存の反映を一本の線で受け入れています。その線は言うならば「祈り」や「憧憬」という感じのものなのです。 次元の元ダマからしますと、そのずっと先にある 「実存」 は自らの故郷であり、母であり父でもあり、憧れの 理想郷でもあるのです 。ですからそこから降りてくる「線」に対しての思いは究極の「愛」というものかもしれません。
    その体を上から順番に通って究極の存在であるところの「実存」が肉体に反映しているのが、今の私たちという存在です。
    先ほど私は「実存」が上から順番に「神体」「霊体」「幽体」を通して「肉体」に働きかけていると申し上げました。そしてこの「 実存」により単なる体である魂に命が入り、 魂が意識を持つのです。ならば魂の目指すべき基準とは「実存」そのものではないでしょうか。自分の究極の本体であるところの「実存」を私たちはまったく知らないまま、意識しないまま自分というものを「魂」と勘違いしています」

    「私たちの魂である肉体はこの地上界において進化のための学びを模索中です。そしてその進化の目指すところは「神聖」なるものでした。それはある意味「元なる自分」への回帰でもあります。「元なる自分」とは「実存」のことです。体であるところの魂はその「実存」という「私」を顕現する場です。場所であり顕現する道具でもあり、現れそのものであもります。 そうしますとその価値は何を持って決められている のでしょうか。すでに答えは出ていますが魂(体)は、自分であるところの「実存」を現すということが基準になるのです」

    「宇宙全史における「意識」の定義です。
    ①真我から意識というエネルギーが出て来るその発生の瞬間では、意識自体には二元性がない。
    ②オーム宇宙における原初の二元性は、意識が陰陽に分かれた時に発現した。
    ③しかし陰陽に分かれた意識は、確かに二元性を構築し続けるが、それが陰であれ陽であれ意識自体はあくまでも二元性の範疇にはない。
    ④その意識が二元性の中で目的を持ち、方向性を示すとき、意識から意志が発現する。
    また集合魂というものの本当の有り様」について、非公開情報No8の私に関する御教示の中で次のように説明されています。

  • #5

    どっぺん (土曜日, 15 8月 2020 11:44)

    「ここでは新たな概念「集合魂」というものの本当の意味を解説していきます。

     これをご覧になっている皆さんは普通の方達と異なり一般的な「転生輪廻」という概念をある程度理解されているようですが、その場合の転生輪廻する特定の個人という存在はもはやあり得ないと明らかにしました。
    それでは「今ここにいる私」は何者で、死んでしまったら一体どこに行ってしまうのでしょうか。

    ① 死んで間もなく大きく二手に分かれます。一つは大したカルマも積まずにそこそこなお勤めを果たし、無事あの世に戻った方は、そのままお仲間の待つ集合魂へと戻ります。戻るとほぼ集合魂の中に溶け込み、その人生で得た情報や経験、カルマはすべて集合魂全体のものとして吸収されます(ここでお仲間とはいいましたが、実際には個々人のお仲間がいるわけではありません

    ② もう一つはとんでもない人生をおくる羽目になり、集合魂のカルマの償却どころではなく逆にカルマを増やして散々好き勝手してあの世に戻った場合です。この一定以上のカルマを増やしてしまった魂はスムースに集合魂には戻れず、特定の場所(一般には地獄とか幽冥界というような暗く重い波動のゾーン)に留まり、一定レベルの気づきが得られるまでそこに滞在することになります(この場合でも集合魂からは、何とかその境涯から助け出そうとフォローの友軍が行くのですが、それに気づけばまだいいのですが、ほとんどが気づくこともなく時間を無駄に過ごしています。この場合でも五井先生にご縁のある方は事情が異なり、格段に早く気づくよすがが与えられることになっています)

    ここでは①の集合魂に戻った個人の魂のその後の行く末を追っていきます。

    ① 集合魂は同じ仲間の私たち一人一人の魂が集合した個的な魂の集団塊のように考えてしまうが、本来それは一つの大きな生命体であると考えることが出来る

    ② その大きな生命体が地上での学びを画策する時、自らを小さく分散して地上に降りて行き、それぞれの人生をおくり、そこでの学びを再び集合魂に戻って共有するということが「効率的である」という理由で一般的なシステムとなっている

    ③ つまり地上にある人間の個的な魂というものは本来なく、そこにあるのは集合魂(大きな生命)から放たれた小さな分割された生命である

    ④ 地上にある時は例え小さな生命といえど自我(エゴ)を育成し「我ここにあり」という自覚を持つが、それはあくまでも仮のもので、集合魂という大きな生命体に吸収されればいわゆる「宇宙との一体感」のような「本来の我が家に戻った」感を得、充足に入り、個的な自我はほぼ消えていく

    ⑤ しかし個的な魂が地上で学んだことや逆に積み重ねたカルマは共に集合魂の内部に情報として保管され、いつでも取り出すことは出来る(保存される)


    ⑥ その情報を元に「全く同じ人物(キャラ)・人格・エゴ」が再びつくられ地上に戻すということはほぼない

    ⑦ まったく同じ魂を再生して地上に戻すということはタイムパラドクスを起動してしまうので(それは防ぐ方法はあるのだが莫大なエネルギーを要する)避けられている

    ⑧ 実はこれまでの地球で極わずかにそういう例はあるのだが、今のこの地球の時空間に大きな影響を及ぼすので教えてはもらえない

    ⑨ 人間(魂)とは情報で出来ている。そしてその情報は記憶に由来する。つまり人間とは「記憶」である。記憶がなくなれば人間は死ぬ。その記憶とは思考レベルの単純な時系列経験のような記憶から、肉体(DNAや臓器類他)が持つ独自の記憶、さらに潜在意識以下の精妙な波動の記憶も含まれる

     集合魂に関わる情報はまだまだ数多くあるのですが、ここでは「個的な魂と集合魂の関係性」という点にフォーカスしておきます。

     私がこの宇宙全史のワークで感じることは、多くの人たちは精神世界において「エゴを薄くしていく」というワークの重要性を認識していないということです。
     精神世界に足を踏み入れたにもかかわらず、相変わらず「自己の目先の利益」「社会的なステイタス(教祖のようなものになってみんなから尊敬されたい」「超能力を手に入れて人より抜きんでたい」「お金を増やしたい」果ては「選挙に出て当選して社会を変えていきたい」等々ですが、それらはすべて精神世界の有り様ではなく、通常の人間社会の価値観に基づく思いであり、行為です。

  • #6

    どっぺん (土曜日, 15 8月 2020 11:46)


     エゴというのは「欲望にもとづく思い」ですから、「欲望」を薄くしていけばいいわけです。
     では欲望とは何かといいますと「欲望とは肉体に関わる、肉体より派生する願望」といえます。
     私たちはこの世に生を受けて、この世界で生きていくためまず覚えなければならないのは、

    ① 肉体を維持するための方法を学ぶ(しゃべる、歩く、食べる等々ですが、自らを傷つけるものから逃げる、避けるという行為もこの時学んでいきます)

    ② 肉体をとりあえず維持できるようになると、次に人間社会において波風なく生きていけるようにするため「社会性」を学ぶようになる。この「社会性」とは家族との関係から始まって、学校の先生や生徒間、近所づきあいから会社での上司等との関係性などです

    ③ 思春期に入っていくと「性」に関わる欲望が大きくなり、あらゆる思考、行為の根底に「性への渇望」が秘められることになります(恋愛ももちろんその一種です)

    ④ そうしたことを学んでいくうちにやがて肉体は「もっと楽しみたい」という欲望を発していきます。
      それが「趣味」であり食べ物やファッション、芸術への「嗜好」という一段高度な欲望へと変換されていきます

     こうした欲望はエゴを形づくり、エゴは人格を形成していきます。
     そしてそこに明確な「私」が存在する見えるようになるのです。それが「我ここにあり」という人格を作り上げてしまうのです。
     ただ①と②の間くらいに「愛されている」「必要とされている」という感覚を与えられていないと、全うなエゴ形成がなされず、成人してからも反社会的な人格のまま生きていかざるを得ないということになります。

     さてこうして人間にはエゴ(自我)が形成されていき、それは人間社会で生きていくにはある程度役には立つのですが、それはあくまでも「人間社会の中」という非常に狭い限定された中だけで通用するチケットになります。
     ましてやこの地球という「宇宙のクズの集まり」と規定される社会ですから、いつまでもそこに留まるということは本来の進化において停滞を招くことになります。
     そこでそこから抜け出て新たな境涯に脱出するためには、まずこの社会で自らの身を守る「殻・プロテクター」になっていた「エゴ」を脱がなければならないのです。
     しかしあまりにも長い間「エゴ」を纏っていたため、エゴと本来の自己との区別がつかなくなってしまっており、「エゴを薄くする」という行為が「自分をなくしてしまう」という認識と重なってしまい中々出来ないようになっています。
     それでも「エゴを薄くする」というステップは必須のものであり、覚醒(離脱)を求めるならば決して避けては通れない関門なのです。
     またエゴは基本的に肉体の欲望から派生していますから、その欲望を打ち消していかないとエゴも薄くなっていきません。一般人にとってそこが最もとっつきにくい部分で、美味しい食事を制限したり、美しい女性とお付き合いできなくなったり、好きなギャンブルも出来なくなったりと中々受け入れることが難しいように出来ているのです。
     ただ本当にもう覚醒するしかない、次の段階に行くと決めた人にはそういう欲望自体が次第に薄くなっていくことも事実です。
     肉欲も食欲も世間様の様々な楽しみも味わっていきたいと思っている方には「エゴを薄くしていく」という方法論はまったく適応されませんし、そもそもそういう気にもならないでしょう。

    「エゴを薄くしていくと集合魂との同通が出来るようになる」

     エゴを薄くしていくと今までブロックとして機能していたものがなくなったので集合魂や守護霊との同通が出来るようになっていきます。
     そこで初めて「自らの天命」や「正しい生き方」という指針が正確に理解できるようになります。
     その境涯が進みますと「一般社会への興味」が次第に薄れていき、隠遁生活とまではいかなくても、一歩も二歩も世間からは身を引いて、新しい世界に適応できるような準備を始めていきます。
     こうして個我が集合魂へ帰る日が近づいていきます。
     しかしエゴが濃くある人にとっては「集合魂の中に溶けていく」というィメージは「自らが消えてしまう」「無くなってしまう」という恐怖感を強く持つので、こうした過程はスムースには進まないでしょう。

     ここではどっぺんさんの例をとって精神世界ではあまり馴染みのなかった「集合魂」の有り様とエゴを薄くするという精神世界では必須の階梯について説明してきました」

    以上。

    にわか宇宙全史ファンさん

    実存は個も集合魂も無い境域ですが、「この「 実存」の探求が「宇宙全史」という本のテーマです」とありますように、これこそがテーマなのです。

    最後に、月読之大神の御言葉「実存は一種の緩衝地帯である」が最重要情報です。

  • #7

    にわか宇宙全史ファン (土曜日, 15 8月 2020 13:52)

    ご回答ありがとうございます
    究極が実存であることを初めて知識として整理できました
    「実存は一種の緩衝地帯である」というお言葉を大切に思考の隅に置き続けようと思います
    ところで
    実存というものを英訳するとexistenceとなりそうなのですが
    ここで論じられている実存というのはexistenceであっているのでしょうか?
    その場合実存界はexistence worldとなりそうですが
    それとも、英訳した場合別の表現があるのでしょうか?



    また、
    教えていただいた
    「私たちの魂である肉体はこの地上界において進化のための学びを模索中です。そしてその進化の目指すところは「神聖」なるものでした。それはある意味「元なる自分」への回帰でもあります。「元なる自分」とは「実存」のことです。体であるところの魂はその「実存」という「私」を顕現する場です。場所であり顕現する道具でもあり、現れそのものであもります。 そうしますとその価値は何を持って決められている のでしょうか。すでに答えは出ていますが魂(体)は、自分であるところの「実存」を現すということが基準になるのです」

    ということから
    フリーメーソン含めた世界のスピリチュアルの文化において
    「神が作った最初の人間であるアダムが罪を教えられ楽園を追放され
    現代人類は再び完璧なる人間へと至る階梯にあるという」
    共通したテーマがあることを思い出しました
    この完璧なる人間へと至る階梯の先にあるものも、同様に実存であるという理解で正しいのでしょうか?

    だとするとフリーメーソンという存在のいびつさがよくわかります
    まるでフリーメーソンは与えられたテーマと真逆のことをしているのに、なぜか公に模範解答のように扱われており、
    「神が作った最初の人間であるアダムが罪を教えられ楽園を追放され
    現代人類は再び完璧なる人間へと至る階梯にあるという」
    テーマ自体が霊能社会が生まれた基礎理念のひとつにすぎず、絶対的な理として用意されたものではないのだと少し残念な気持ちになります

  • #8

    どっぺん (土曜日, 15 8月 2020 14:13)

    にわか宇宙全史ファン様

    日本語では、実存と存在が別の言葉になっていますが、英語ではその単語しかないのでしょうね。宇宙全史1は英訳される予定ですので、発刊をお待ちください。

    「神が作った最初の人間であるアダムが罪を教えられ楽園を追放され現代人類は再び完璧なる人間へと至る階梯にある」は象徴的ですね。その真意が解き明かされつつあるのが、いまここで我々が出会っているワークだと思います。

  • #9

    にわか宇宙全史ファン (月曜日, 17 8月 2020 14:19)

    英語版の発売を心待ちにしております
    ご回答どうもありがとうございました